カリマンタンだより

2001年11月

インドネシア宣教師

高橋めぐみ

高橋めぐみ宣教師

 「黒くなりましたね」と学生から言われるようになりました。顔、手、足と出ているところはかなり焦げました。日本はそろそろ冬支度といったところでしょうか。

 アフガニスタンへのアメリカの報復攻撃の影響はイスラム教徒最多国インドネシアにも大いにあります。ジャカルタ、ジョグジャカルタ、ポンティアナックなどでイスラム大学生らがオサマ・ビンラディン師の肖像画を掲げながらアンティ・アメリカのデモを行ない、星条旗を燃やしたり建物を破壊したりしています。地方新聞は毎日のように米国の攻撃によるアフガニスタンの負傷者の姿を載せて米国の冷酷さをアッピールしています。ほとんどのアメリカ人、英国人など色の白い外国人はインドネシアから脱出しました。通貨ルピアの価値もあっという間に下がってしまいました。しかし皆が過激派イスラム教徒ではありません。穏健派も多数おり米国から(また日本からも)多額の援助を受けているインドネシアが対応によっては経済などに打撃を受けることを懸念しています。また、クリスチャンの間では今後の動向によっては教会が標的になることを心配しています。「米国(西欧)=キリスト教」という図式があるのです。イスラム地域にある諸教会などが守られるようにお祈りください。

 さて私は9月末から10月にかけて二つの村を訪問しました。1つはここから車で4時間半、マレーシアとの国境近くのエンティコン、そしてエンジン付きの小舟に乗って川を上ること4時間のスル・トゥンバワンという村です。ダヤク・スンクン族です。エンティコンの小・中学生寮「グロリア」が日本の支援で建てられてから4年、子供たちの霊的成長という実を見ながら、その奉仕は子供たちの親の住む奥地の村々へと広がりつつあります。「ここはまだ独立してない」と冗談まじりで言われる村々は電気がまだなく、交通手段もボートのみです。宗教は政府登録上 キリスト教ですがアニミズム信仰が強く、諸霊のための祭壇や骸骨を奉ったやぐらなどがありました。牧師はおらず教会堂は閉ざされて霊的に長期にわたり放置されている状態でした。今回分かったことは、村の人々は@働き人を求めている。そしてA近々建つ予定の公立中学に備えて、通えない子供たちのために寮があることを望んでいる、ということです。2つともこの地域の宣教のために要となると思います。YPPII西カリマンタン支部と協力しての、今後の進展のためにお祈りください。

 もう1つの村はここから車で7時間のシンタン、今度はスピードボートでカプアス川を上ること20分のスンゲイ・ダウンという村です。ここにあるYPPII管理下の小学校は現在生徒240名、イスラムの子供も20名ほどを含む中、クリスチャン教師たちによって教育がなされています。現在経営危機状態で、貧しい村々の子供たちから集める学費ではとても経営できない状態です。この1年教師の給料ほとんど払われていません。ただただ集まってくる子供たちの顔を見ると止めることもできず、教師たちがふんばっているという状況でした。近くに教会もありますが、近年金の採取量が減り、サポートが困難です。礼拝にはこの小学校から多くの子供たちが参加していました。この小学校経営のためにスポンサーが与えられ、閉校に追いこまれないようお祈りください。

 私のATI神学校での奉仕の方は、この学期も半ばを過ぎました。授業や説教準備に苦闘する毎日ですが、主に大いに助けられています。背後にお祈りがあることも覚えます。変わらないご支援を心より感謝しております。